本記事は2026年4月時点の情報をもとに執筆しています。
1. 「なんとなくやって、なんとなく良い気がする」で止まっていませんか
AI・DX導入の成否を分ける最大の要因は、技術でも予算でもなく「目的設定の具体性」です。
広告代理店の方、事業会社のマーケ担当の方、中小企業の経営者の方——立場が違っても、同じ種類のお悩みを伺います。KPIやKGIが曖昧なまま施策が動き、気づけば「なんとなく続けている」状態になっている、というお話です。
「これが得意だから」「なんとなくやったことあるから」——そのまま施策が動くと、3つが見えなくなります。
- ・目的は何だったのか
- ・今、進捗はどうか
- ・うまくいっていないとき、どう立て直すか
PDCAを回したくても、回すべき軸がない。やりたいこと・得意なことを続けているだけで、成果が出ているのか判断もつかない。AI施策に限らず、広告運用でも営業活動でも共通する構造です。
本記事では、規模も業種も違う3社(大阪の8名町工場、山形の建設会社、三重県伊勢市の老舗食堂)の事例から、「目的の一文化」が何を変えたかを見ていきます。末尾には実践チェックリストも添えました。
2. 「目的を言葉にできない」不安は、あなただけではありません
日本企業のKPI設定率は30%以下、米独は80%以上。この差が、成果創出率の差にそのまま現れています。
「AIで何ができるか分からないのに、目的なんて立てられるか」。経営者の方から実際に伺った言葉です。本音として理解できます。行き先を言わずタクシーに乗る人はいませんが、新しい技術が相手だと「とりあえず乗ってみる」を選びがちです。AIは魔法ではなく、畑のようなもの。種をまく前に、「何を収穫したいか」だけは決めておく必要があります。
2-1. データが示す「目的設定の有無」と「成果」の関係
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が2025年6月に公表した「DX動向2025」(日本1,535社、米国509社、ドイツ537社)では、KPI設定率は日本30%以下、米独80%以上。同じ調査で、DXの「成果が出ている」企業の割合も日本60%弱、米独80%超と、両者は同じ方向にずれています(あくまで相関であって、因果は複合的に絡み合っている点には留意が必要です)。
もうひとつ、米国RAND Corporationが2024年に発表した調査では、業界のAI実務者50名と学術研究者15名、計65名への対話型インタビュー(決まった質問項目を軸に深掘りする形式)からAI失敗の根本原因を分析しています。
最も印象的な結果は、業界インタビュー対象者50名のうち84%が、「リーダーシップに起因する失敗パターン」をAIプロジェクト失敗の最大の原因として挙げたこと(報告書5ページ)。データの質でもエンジニアのスキル不足でもなく、「何を解決する施策なのか」が不明確なまま技術チームに丸投げされることが最大の失敗要因だと、現場は感じています。
2-2. ただし、目的設定は「必要条件」であって「十分条件」ではありません
「目的さえ決まれば成功する」という単純な話ではありません。AI施策の成否には、データ整備・人材・経営トップのコミット・運用設計など、複数の要素が絡みます。目的設定はその土台にある必要条件で、土台がないと失敗しますが、土台だけで成功するわけでもない。
それでも目的設定から始めるべきなのは、残りの要素すべての判断基準になるからです。「どのデータが必要か」「誰をアサインすべきか」「どの運用を優先するか」——目的が一文で書けていると、これらの問いに答えられます。
3. 大阪・従業員8名の町工場で、実際に起きたこと
「月に6,000枚の紙をなくす」。これだけを目的に定めた結果、空調機器部品の町工場が変わりました。
大阪府堺市にあるオシタニプレス工業所は、1975年創業、従業員8名、空調機器メーカーの2次・3次下請けで送風機やチラー、フィルターの部品を手がけています。2018年、IT導入補助金を使いTranzac社の製造実行システム(MES)を導入しました(出典:MISUMI-VONA、2018年8月8日)。
3-1. 導入前の「生々しい」現場
工場が1階、事務所が2階。建物の構造上、事務所から現場が全く見えません。顧客から「あの部品、どこまで進んでる?」と電話が入ると、押谷代表夫妻は現場まで走り、「タレパン(ターレットパンチプレス)の右側にあるから穴開けは終わってるな」と目視で推測する。日常茶飯事だったと言います。
生産計画がままならず、厳しい納期の仕事を請けすぎて現場が過負荷になり、品質に影響が出る——経営者として避けたい事態が、構造的に起きていました。
3-2. 「月に6,000枚の紙をなくす」という1つの目的
導入時、押谷代表とTranzac社の鈴木社長が決めた目標はシンプルでした。「月に6,000枚発生している紙をなくし、見える化する」。それだけ。
押谷代表は当初、別の不安を抱えていました。「現場、特に年配の方に嫌がられないか」。ところが、導入後の60代の職人にタブレットの感想を聞くと、こう返ってきたそうです。
「全然難しくないよ、むしろ簡単」
3-3. 成果は「生産計画の質」に現れた
押谷代表自身の言葉をそのまま引きます。
「一番大きかったのは、私が生産計画を適切に立てられるようになって、結果として現場の負荷を減らすことができたことです。お客様から引合いがあった時点で、先の生産計画と負荷状況を一覧できるようになったので、お客様と納期交渉ができるようになりました。無理な納期の仕事を受けなくなったので、現場に無理をお願いすることが減りました」
導入後の現場は自発的に動き出しました。「予定よりも早く上がります」と報告が現場から上がるようになり、納期遅れも解消。押谷代表は取材の最後にこう語っています。
「自社の成長に合わせて一緒に成長してくれるシステム、身の丈に合ったシステムをパートナーにして、これからもがんばっていきたい」
8名の町工場が「紙をなくす」という一文を目的に据えた。それだけの話が、生産計画、現場の負荷、顧客との交渉、職人の自発性まで変えていきました。
4. 業種が違っても、成功している会社の共通点
業種も規模も違う企業が、同じ構造で成果を出しています。共通するのは「何を解決するか」が一文で書けていたことです。
4-1. 山形県米沢市の建設会社、後藤組
後藤組は、2019年頃から「全員DX」という取り組みを始めた建設会社です。経営層がトップダウンで進めるのではなく、現場社員自身がノーコードツール(プログラミングなしで画面操作だけで業務アプリを作れる仕組み)で業務アプリを自作する形を作りました。年に一度社内大会を開き、全社員が自作のアプリを発表する場も設けています。
公式サイトによれば、現場書類は約60%削減、一人あたり残業時間は20%以上削減。経済産業省「DXセレクション2025」(2025年3月24日発表)でも中堅・中小企業のモデルケースとして取り上げられています。掲げた目的は「書類を減らし、現場の働きやすさを上げる」——「DXを推進する」ではありません。
4-2. 三重県伊勢市の老舗食堂、ゑびや大食堂
伊勢神宮の門前に、創業100年超のゑびや大食堂があります。日経クロステック2019年5月23日記事によると、来客予測AIを導入し、天気・曜日・気温・降水確率・自社サイトへのアクセス数・近隣宿泊施設の宿泊者数など、約400項目の影響因子をデータとして扱っています。
経営企画室の堀口千春氏は同記事でこう話しています。
「廃棄ロスを大幅に削減できた」
「様々なデータの中でも天気は来客数に大きく影響する要因だ」
具体的には、米の廃棄量が1日あたり6〜7升から2升ほどに約70%減。来客予測の精度は90%超。目的は一文で書けます——「来客数を予測して、廃棄を減らす」。
4-3. 共通する「一文化」の構造
3社を並べると、構造が見えてきます。
- ・オシタニプレス工業所(製造業・8名):月6,000枚の紙をなくす
- ・後藤組(建設業・山形):書類を減らし、現場の働きやすさを上げる
- ・ゑびや大食堂(飲食業・伊勢):来客数を予測して、廃棄を減らす
規模も業種も地域も違う。けれど共通点は明快です。「AIを導入する」「DXを推進する」が目的ではなく、「何を解決するか」が一文で書けている。RAND Corporation 2024年の報告書も、成功する組織の原則の1つに「技術ではなく、解くべき問題に焦点を当てる」を挙げています。
4-4. 「目的の一文」は、効率化に限らない
ここまでの3社はいずれも「コスト削減・廃棄削減」という効率化系の目的でしたが、「目的の一文」は売上を伸ばす方向にも、同じ構造で書けます。「リピート率を5%上げる」「新規問い合わせ数を月20件にする」など、効率化の一文と並べて違和感のない目標です。どちらの方向で書くかは業種・業態の事情で変わるため、迷う場合は個別にご相談いただく方が早いかもしれません。
5. あなたの会社の「出発点」チェック 5項目
ここからが実践パートです。全項目NGでも大丈夫。それが、あなたの会社の「出発点」です。
以下の5項目は、AI施策に限らず、広告運用でも業務改善でも新規事業でも使えます。社内のホワイトボードに書き出し、経営層と担当者で一緒に埋めてみることをお勧めします。
チェック1: 解くべき業務課題を、一文で書けますか
- ・OK例:「月6,000枚の紙をなくす」「来客予測の精度を90%にする」
- ・NG例:「DXを推進する」「AIを活用する」「データドリブンになる」
「推進する」「活用する」は手段が目的化している兆候。主語と目的語を具体に。
チェック2: その課題が解決した「成功の状態」を、数値で言えますか
- ・OK例:「廃棄を月2升以下に」「残業を一人あたり月10時間減」
- ・NG例:「業務が効率化されている状態」「顧客満足が上がっている状態」
ビフォーとアフターが同じ単位で比較できる数値が必要です。
チェック3: 現在の数値(ベースライン=今の状態の数値)を、把握していますか
- ・OK例:「現在、月6,000枚の紙を使っている」
- ・NG例:「たぶん、たくさん使っている」
今の数値がないと、成果は測れません。最初の1週間は測るだけに使っても構いません。
チェック4: 誰が、どの頻度でチェックするか、決まっていますか
- ・OK例:「営業部長が、毎週月曜に集計画面で確認」
- ・NG例:「みんなで、ときどき」
「みんな」は責任の所在が曖昧になる典型例です。
チェック5: 経営トップが、最低1年この取り組みに関与する覚悟がありますか
RAND Corporation 2024年報告書も、成功原則の1つに「継続すべき問題を選ぶ」を挙げています。3か月でトップの関心が別の話題に移ると、現場は動きを止めます。
全項目にYESがつかなくても落ち込む必要はありません。オシタニプレス工業所も、最初はチェック1と2から始めました。「AI以外の簡単な手段はないか」「使えるデータはあるか」という2つの追加観点はFAQで補足しています。
6. いますぐ始められること
最初の一歩は、社内で「今、うちの目的を一文で書けますか」と問いかけることです。経営層と現場のキーパーソン3〜4名で、30分あれば十分。ホワイトボードに「私たちが解決したい課題は、◯◯です」と書いてみる。全員が同じ文を納得して書けたら、スタート地点に立てています。書けなかった場合、それが今の課題です。
6-1. マーケ担当の方へ
もしあなたがマーケティング担当で、経営層との温度差に悩んでいる場合、このチェックリストを稟議書の添付資料として使ってみてください。「この5項目のうち、現状はこうです。だから次にこれをやりたいのです」。数字と枠組みは、社内で話を進めるときの共通言語になります。経営層に提案が通らないのは、あなたのやり方が間違っているからではなく、組織として目的を言葉にしていないからかもしれません。
6-2. 経営層の方へ
「うちの課題は◯◯です」を、従業員の方に話してみてください。返ってくる反応から、組織内に目的が共有されているかどうかが見えます。そのずれを埋めるだけで、AI施策を走らせる前の段階で、組織が少し整います。
7. あなたの会社でAIが機能する「目的」を、一緒に言葉にしませんか
「目的」を一緒に言葉にするところから、AI活用は始まります。
Marumake(マルマケ)は、マーケティング戦略×AI活用の一気通貫支援を行うコンサルティングです。公的機関でのアドバイザー経験と外資系企業でのマーケティング経験を掛け合わせ、目的を言葉にする過程そのものに伴走します。
「目的の一文が書けるか自信がない」「書けたけれど、これで合っているか誰かと話したい」——そういった段階のご相談も歓迎です。
よくあるご質問
Q1. 中小企業でもAI・DX施策は成功しますか
はい、成功している事例が国内に多数あります。本記事で紹介したオシタニプレス工業所(従業員8名)、後藤組(山形の建設業)、ゑびや大食堂(三重の老舗食堂)はいずれも中小規模の企業です。共通点は、「解決したい課題」が一文で書けていたこと。規模より、目的の具体性が成否を分けています。
Q2. AI導入に失敗する最大の理由は何ですか
米国のRAND Corporationが2024年に発表した調査では、業界のAI実務者50名のうち84%が「リーダーシップ起因の失敗パターン」をAIプロジェクト失敗の最大の原因として挙げています。具体的には「解くべき課題が不明確」「技術チームへの丸投げ」「AIへの過剰な期待」「必要な時間の過小評価」などが主な失敗パターンです。
Q3. KPIを設定しないと、何が起きますか
IPAが2025年6月に公表した「DX動向2025」によると、KPIを設定している日本企業は30%以下で、米独の80%以上に比べて低い水準。同調査では、成果を出している企業の割合も日本は60%弱、米独は80%超と、KPI設定率の差と連動する傾向が見られます。KPIがないと、成果が出ているのか、次に何を直すべきかの判断ができません。
Q4. まずExcelで管理するだけでも良いですか
はい、むしろそちらをお勧めします。RAND報告書は「単純な問題に最新技術を当てる」ことを失敗パターンの1つとして指摘しています。Excelやスプレッドシートで十分な業務に、無理にAIを導入する必要はありません。AIが必要になるのは、データ量や分析の複雑さが手作業の限界を超えたときです。検討前に「もっと簡単な手段で済まないか」を一度自問する価値があります。
Q5. 紙の記録しかない、データらしいデータがない状態でもAI導入はできますか
AIはデータに基づく仕組みなので、データがゼロの状態ではスタートできません。ただし「データがない=AI導入は無理」ではなく、「最初の数か月でデータを集める仕組みを作る」のがスタート地点になります。本記事のオシタニプレス工業所も、紙書類の集計から始めて、徐々にタブレット入力データを蓄積していきました。「いきなりAI」ではなく、「データを集める仕組み→そのデータを使ってAI」の順番が現実的です。
Q6. 経営トップが乗り気でない場合、どうすれば良いですか
「トップが乗り気でない」のは、しばしばトップが悪いのではなく、提案する側が目的を一文で語れていないサインです。本記事のチェックリストを使って「解きたい課題」と「成功の数値」を言語化してから持ち込むと、議論の質が変わります。Marumakeでは、この言語化の部分を伴走する相談をお受けしています。
免責事項
本記事の見解は個人の見解であり、所属・顧問先機関を代表するものではありません。
参考文献
| # | 出典・数値 | 発表元 | 年 |
|---|---|---|---|
| 1 | 日本1,535社・米国509社・ドイツ537社調査。KPI設定率と成果創出率の日米独比較 | IPA「DX動向2025」 | 2025.06 |
| 2 | 業界AI実務者50名と学術研究者15名計65名の対話型インタビュー。84%がリーダーシップ起因を最大失敗要因に挙げる | RAND「The Root Causes of Failure for AI Projects」 | 2024 |
| 3 | 大阪府堺市・従業員8名のオシタニプレス工業所。Tranzac MES導入で月6,000枚の紙削減 | MISUMI-VONA技術情報 | 2018.08 |
| 4 | 山形県米沢市・後藤組「全員DX」取り組み。書類約60%削減、残業20%以上削減 | 後藤組公式「DXへの取り組み」 | — |
| 5 | DXセレクション2025選定企業(後藤組グランプリ) | 経済産業省プレスリリース | 2025.03 |
| 6 | 三重県伊勢市ゑびや大食堂。約400項目のデータで来客予測精度90%超、米廃棄1日6〜7升→2升で約70%減 | 日経クロステック | 2019.05 |
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